性格の乖離と男女の価値観
今日も一日おつかれさまです。
もう梅雨明けしてる地域もあるみたいですね。梅雨は髪をどんなにセットしても湿気に負けるからきらいです…早く東京も梅雨明けないかな。
わたしはよく「悩みがなさそう」と言われるし、卒アルの寄せ書きの定番は「明るくて元気で面白い」です。
面白いかどうかは置いといて、明るくて元気って言われるたび、本当は違うのになと思いながら笑顔で対応します。
マイナス思考、心配性、泣き虫、キレっぽい、、元のわたしに明るい要素なんてひとつもないですが、人前では明るく振る舞うことを徹底しています。
誰しもそういうところってあると思うんです。自分を偽って生きてる。
わたしはそれが悪いことだとはこれっぽっちも思ってません。むしろ、こうすることが正解だと思ってます。
大学生の頃の話ですが、よく「俺今怒ってるからオーラ」を出す異性の友人が複数いました。
なぜ怒ってるオーラを出すのか、出すことで他人を心配させたり恐怖させたりするのに、と言うと、彼らはむしろそれを望んでいるらしいのです。
たぶん「怒ってるから察せ」ってことなんだと思います。そういう人はB型男子に多い気が…(偏見)(当社調べ)
女性は自分の気持ちを隠すのがうまいですよね。だから表面上の付き合いや陰口が多かったりする。
わたしも例に漏れず、女性なんだと思います。いや、まごう事なき女性ですけども、陰口は言ってないヨ!
食べ物も趣味も男性寄りですが、性格は間違いなく女性ですね。根に持つし。
でも。
人前で明るい人こそ、明るく振る舞ってるだけで、傷つきやすい人なんだと思います。そして思いやりがあるけど、壁を作りやすい。
カラカラしてて小さいことは気にしないような人って、実はとても気にしいなんじゃないでしょうか?
誰かに心配させない、迷惑かけないように生きて、干渉させないようにしてませんか?
少なくともわたしはそうです。
ある一定の距離までは近くに行けます、だから誰とでも分け隔てなく話せるとか、みんなと仲良いねとか言われます。
でも、誰とでも仲良い人って、逆に言うと特定の仲良い誰かがいない、「誰かと深い関係になれない人間」なのです。
そういう人は相談できるような人も当然いません。悩み事を相談することが相手の時間を奪う迷惑だと感じてしまうから。
そして相談事が全部その時付き合ってる彼氏に向いて、彼氏と別れるたび自分には何もないと思ってしまう…悪循環すぎますね。
乖離した自分に疲れるときもありますが、やめるつもりも特にありません。
明るい人に憧れて真似するうちに、どんどん乖離して、今ではどちらが本当の自分か、わかりません。でも、憧れをまとっているのです。無理やりなりたい自分になった。そこに後悔はありません。
…本当にたまに、冷たい人に出会うと、悲しい気持ちになるし、すごいな、絶対真似できないなと思います。
自分を取り繕ってないひと。わたしはツギハギで芯がないから。ある意味うらやましい。
これまでの彼氏には素を出しすぎることで振られたんだと仮定しているため、今の彼氏には少し取り繕った自分で接しています。
ありのままの自分を受け入れてくれなんてもう言いません。
どんなに愛し合ってる間柄であっても、自分本位じゃなくて、相手のことを思いやれる態度で臨むべきだから。
この考えに至るまで10年以上かかってしまいました。もう20代後半だもんね。
月曜日からもがんばろう。